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Arisa Kumagai, Say yes to me, 2025, diptych. Photo: Hikari Okawara
       

熊谷亜莉沙|天国泥棒

2025年8月23日­(土)- 10月11日(土)
12:00-19:00
日 / 月 / 祝日休廊

[レセプション:8月23日­(土)17:00–19:00]

天国は誰にも奪えません。しんの泥棒はどこにもいない。
「あいつは泥棒かもしれない」「あいつは泥棒だ」「自分は泥棒かもしれない」「自分は泥棒だ」と思う人間がいるだけです。
しかし、その人間にとっては「天国泥棒」は存在します。
繰り返し、他責し、自責し、泥棒は自分の中にだけいることを発見します。
許せないことが星の数ほどあります。そしてまた、私も許されないでしょう。
天国はただ、そこにあります。

熊谷亜莉沙

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この度、ギャラリー小柳では2025年8月23日(土)から10月11日(土)の会期で、熊谷亜莉沙による個展「天国泥棒」を開催いたします。
ギャラリー小柳での個展は、2019年「Single bed」、2022年「私はお前に生まれたかった」、2023年「神はお許しになられるらしい」に続き、2年ぶり4回目です。

熊谷の作品制作は、遊郭街の裏で生まれた自身の生い立ちや家族史を出発点としています。家業のブティックで扱っていたイタリアンハイブランドのシャツを纏う祖父の姿や、玉石混交の煌びやかなジュエリーを身につけた母親や女性たちの手、孤独死した父親へ手向けられた花など、きわめてパーソナルな経験に基づくモチーフを捉えながらも、そこに富裕と貧困、生と死など、誰もが日常の中で直面しうるテーマを映し出し、個人的な背景を乗り越えた普遍的な作品へと昇華させてきました。そのドラマティックな描写は、観る者の記憶や経験に訴えかけ、各々のライフストーリーとの共感性を呼び覚ますことでしょう。
近年、熊谷はカトリック教会で学び、ニューヨークやパリ滞在中に目にした異国の信仰のかたちへ関心を深める一方で、日本における祈りに関するモチーフも描くようになりました。また絵画と自身が綴った詩を組み合わせるなど、新しい表現のフェーズに移行し始めています。

本展覧会のタイトルである「天国泥棒」という、一度耳にしたら忘れ難い強烈なワードは、キリスト教にまつわるもので、死の間際に洗礼を受ける者のことを時にこう呼ぶ人がいるのだそうです。
天国は、信仰者たちの魂が神と共に永遠の安らぎを得る場所です。本来は、どんな行いをしたかで天国行きが決まるのではなく、イエス・キリストを信じるすべての人にその道が開かれているはずですが、長年神に仕えた者からすれば、「天国泥棒」は瀕死に際して都合よく救いを求めているかのようにみえ、思わず「卑怯だ」とか「ずるい」などという言葉が出てしまうのかもしれません。そのどうしようもなく人間らしい感情に、熊谷は自分の心のありようを重ね合わせていると言います。それは、愛と憎しみは相反するものながら一体にあり、人間の最も根源的な感情だからなのかもしれません。

《It’s OK. It’s OK. It’s OK.》と名付けられた三連画は、小さなスニーカーと花瓶に添えられた花を組み合わせた作品です。その履き古された子ども靴は、かつて自分の子どもに暴力を振るい、家族と疎遠になったまま孤独死を遂げた男が、その子に買い与えたものだといいます。タイトルに用いられる「It’s OK(大丈夫だよ)」というフレーズは、一見優しげに聞こえますが、矢継ぎ早に3回繰り返すことで、いまなお後を絶たない児童虐待の問題への怒りを表しています。花の向こうに見えるのは、無限の愛を示すマリア像とロザリオの先に揺れる小さな十字架です。世界のどこかで今、痛みや苦しみを抱えている子どもたちが守られますようにと、静かな祈りの声が聞こえてくるかのようです。

《Say yes to me》は、熊谷の「プリミティブなものが持つ、美しさと恐ろしさ」に対する畏怖の念から生まれた作品です。熊谷の象徴的な作品のスタイルを継承し、シングルベッドサイズのキャンバスに描かれたのは、銃で撃たれ、川に晒された子鹿の姿。古より、世界中の様々な祈りの場において信仰の対象としてあった「川」と「鹿」というモチーフは、同時に畏れの対象でもあり、矛盾を孕む存在です。熊谷はこれを、学生時代から制作し続けている〈Leisure Class(有閑階級)〉シリーズの作品と組み合わせました。「Leisure Class」とは、社会的威厳を示すために高価なものを消費する人々を指す言葉で、熊谷の生い立ちと深く結びついています。男が身につける派手なシルクシャツの柄をよく見れば、銃口の先がもう一方の画面の子鹿に向けられており、未だ現代社会に蔓延る人種問題を示唆するもののようにも見えてきます。
このほか4点の油絵の大作や小品など新作絵画全6点と、ドローイング10点を展示予定です。

展覧会初日8月23日(土)の午後5時から7時までは、作家本人が在廊し、レセプションを開催いたします。また当日、アーティスト・トークも実施予定です。
この機会にぜひご取材いただけますよう、お願い申し上げます。

 


■熊谷亜莉沙 作品ブックレットの発売決定■

ギャラリー小柳では、本展に併せて、熊谷の作品ブックレット《白無垢/White Witch》を500部限定で販売いたします。
うち10部は、オリジナルドローイング付きのスペシャル・エディションです。なお、オリジナルドローイングは、展覧会会期中、ギャラリー小柳のビューイングルームにて展示予定です。

〈著者コメント〉
日本において、基本的に白一色の着物は産着か死装束しかない。
しかし女性のみが、生と死のはざまに、白無垢を着ることができる。
白無垢を着ることにより、生家の娘としては死に、嫁いだ先の娘として生き返る。
あくまで家父長制に基づいたものであるとしても、私にとって、
一度死ねたこと、そして生き返ることができたことは夢のように思えた。
魔女は無辜の人々が焼かれた、陰惨な歴史の象徴と言って過言ではないだろう。
White Witchは「よい魔女」という意味もあるらしいが、その意図は全くない。
誰がよい魔女と判断するのだ。誰が悪い魔女だと火をつけたのか?
近年「魔女」という言葉はエンパワーメントとして使われる事も多い。
時代の歴史と流れを汲んでこそ、矛盾を孕むことすら力にして、物事の意味は変化していく。
本書はギャラリー小柳で発表した絵画作品をピックアップして収録し、完全新作の詩と組み合わせて構成した。
軽蔑の沈黙、純粋な祈り、怒りの濁流、目眩く絢爛、神さまの御足にキスをさせてほしい。
ツノは出しっぱなしで魔女になるのよ、と杖をくれた、小柳敦子氏、そしてギャラリー小柳ご関係者の皆さまに心より感謝します。

熊谷亜莉沙

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書誌情報
書名:『白無垢/White Witch』
著者:熊谷亜莉沙
寄稿:藪前知子(東京都現代美術館)
デザイン:下田理恵
制作・発行:ギャラリー小柳
翻訳:荒木朋子

価格:未定 *詳細は後日発表いたします。

言語:日英表記
ページ数:全20頁
判型:A4判

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