Yuriko
Terazaki

               

東京生まれの寺崎百合子は、水彩紙に黒の色鉛筆で丹念に描く手法を用いて制作してきました。「人間の手で創られ、時に耐えて私たちに残されているものを描きたい」と語る寺崎は、歴史ある図書館や劇場、古書店、階段、楽器など、学術や知恵の痕跡、月日の積み重ね、そしてそれらを介して存在してきた人々の気配を緻密に描き出します。

代表作の一つ、《Corpus Christi, Oxford》(2001)は、古い図書館を求めて英国のオックスフォード大学を訪ねたことに始まります。柔らかな色鉛筆の線で描かれた図書館内部の静謐な空間や、革張りの背表紙がずらりと並ぶ書架はどこか神聖さを帯び、揺るぎない知の集積として見る者を圧倒します。まだインターネット上で簡単に図書を閲覧できない頃から、寺崎は自らの足で古都を訪ねて重い扉を叩き、こうした景色と出会い、描いてきました。

中でも、英国でもっとも古い公共図書館であるチータムズ図書館を描いた《Chetham’s Library #1》(2024)は、貴重な書籍を鎖で繋いでいた中世の図書館の習わしを伝える一枚です。重厚な鎖や古びた紙の質感を見事に描写する一方で、単なる写実を超えて、図書館という場所に蓄積されてきた知識や思想、物語や記憶までをも捉えています。

階段もまた、図書館と等しく重要なモチーフです。《Wells Cathedral Staircase》(2020)は、ウェルズ大聖堂内にある長い階段を描いたもの。僅かな光が石積みの階段を照らすも、上に行くほど重い闇に包まれる情景は、暗闇を「何か別の世界の入口」と形容する寺崎の言葉通り、未知の物語や懐かしい記憶など、ここにはない何かを仄めかすかのようです。彼女いわく、階段は暗闇に魅了されていた自身の子供の頃の原体験と、その「失われし時」を象徴するものなのです。この他、オスカー・ワイルドが人生の最後に上ったであろうパリのL’Hotelの階段やグランパレの階段など、旅先で出会ったさまざまな階段が描かれています。

一方、楽器を描いたシリーズは、職人の手の技をなぞるようにその細部に迫るものです。見上げるように描かれたパイプオルガンの壮麗さ、バイオリンの曲線の優美さなど、これらの作品では「音楽は目にもまた美しいもの」という寺崎の言葉が体現されています。

いずれの作品も、寺崎は綿密に描いた絵に、あとから幾重にも黒を塗り重ねていきます。描くことで細部が消えていくという徒労にも似た描写方法を経て浮かび上がる情景は、それゆえにどこまでも奥深く、濃密で不可逆な時の重なりを思わせます。

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これまでの個展に、「Yuriko Terazaki–drawings, Dmitry Badiarov–violins」(Badiarov Violins、デン・ハーグ、オランダ、2013)、「賑やかな沈黙」(スクールデレック芸術社会学研究所、東京、2019)、グループ展に、「目黒区美術館コレクション展 コレクションの<現在>―絵画・彫刻・版画」(目黒区美術館、東京、2019)など。著書に、オックスフォード大学の図書館を取材し、その書架に魅せられた体験を綴った『英国オックスフォードで学ぶということ―今もなお豊かに時が積もる街』(2004)がある。作品は、高松市美術館(香川)、目黒区美術館(東京)などに収蔵されている。

BIOGRAPHY

1952東京都生まれ

1974米国ハワイ州立大学 芸術学部卒業

1988-89米国ニューヨーク滞在(Asian Cultural Council 奨学金取得)

1998-99英国オックスフォード滞在(文化庁芸術家在外研修員として、New College, Oxford を拠点に図書館を取材。)

現在千葉県在住

個展

2024「Every step we take, each story we unfold 時を数えて」ギャラリー小柳(東京)

2019「賑やかな沈黙」スクールデレック芸術社会学研究所(東京)

2017「図書館Arks for Learning」ギャラリー小柳(東京)

2013「Yuriko Terazaki – drawings, Dmitry Badiarov- violins」Badiarov Violins、デン・ハーグ(オランダ)

2011「YURI 展 寺崎百合子のもう一つの世界」JIKE STUDIO(神奈川)

2010「音楽」ギャラリー小柳(東京)

2007「文学、演劇、そして音楽/CASE」ギャラリー小柳(東京)

2004「BOOKS」ギャラリー小柳(東京)

1995「階段」ギャラリー小柳(東京)

1991J. Todd Galleries、マサチューセッツ(アメリカ)

 

グループ展

 

2025「目黒区美術館コレクション展 新収蔵品を中心に+清原啓子の銅版画」目黒区美術館(東京)

2024「ONE SINGLE BOOK」ギャラリー小柳(東京)

2023「“MEMORIES 02” selected by Tomio Koyama」CADAN有楽町(東京)

2022「6 Artists」ギャラリー小柳(東京)

2021「鉛筆画展」日本橋三越本店 美術サロン(東京)

2020「Obscurité|寺崎百合子+貝塚健」SALON(兵庫)

2019「目黒区美術館コレクション展 コレクションの<現在(いま)>―絵画・彫刻・版画」目黒区美術館(東京)

2017「DOMANI・明日展 plus」千代田区立日比谷図書文化館(東京)
「目黒区美術館コレクション展 来しかた、行くさき」目黒区美術館(東京)

2013「BOOK Chapter 1」MA2 Gallery(東京)

2007「線の迷宮II―鉛筆と黒鉛の旋律」目黒区美術館(東京)

1997「バードハウスアート展」大乗淑徳学園山中研修センター(山梨)

1996「神奈川アート・アニュアル’96」神奈川県民ギャラリー

1993「KARUIZAWA DRAWING BIENNALE 1993」脇田美術館(長野)/丸亀市猪熊弦一現代美術館(香川)

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Text by Haruko Kohno