Hiroshi
Sugimoto

               

杉本博司は写真、建築、造園、彫刻、執筆、古美術蒐集、舞台美術、書、作陶、料理に至るまで、幅広い領域を横断する創作と思索を展開し、国内外のアートシーンにおいて揺るぎない地位を築いてきました。それらの実践に通底するのは、時間の性質、歴史と存在の一過性、人間の知覚、人類の記憶、そして意識の発生にまつわる根源的な問いの数々です。

杉本は1979年からニューヨークで古美術商を営んだのちに、今日まで日本を中心とする古美術の蒐集を継続しています。時代を経てもなお美しく在る品々と比べて自作が耐えうるものなのか、その評価基準として蒐集品を用いるほか、それらのものから深い精神性と直観を得てきました。2009年には小田原文化財団を設立し、2017年に江之浦測候所をオープン。杉本は夏至冬至それぞれの朝日を遥拝する100メートルギャラリーや隧道、また春分秋分に昇る朝日の軸線に合わせた石舞台や茶室、さらに光学硝子舞台や庭園などを設計し、人の知覚を通じて「時間」や「自然」を測候する場所を構想しました。5000年後をも見据えた「未来の遺跡」とも呼べるこの場所は、自然や季節を見つめた古代人の心の在りようを追体験できる場としても機能しています。

杉本の創作の原点とも言える写真作品は、1975年より開始された代表作〈ジオラマ〉に遡ります。自然史博物館に設えられたジオラマを片眼で見ると、遠近感が失われ、剥製や人工の背景が途端に生命を宿した景色のように見えることに気づいた杉本は、カメラを通して目の前の虚構を「実像」として映し出しました。後年の〈建築〉(1997–)は、モダニズム建築を無限の倍という焦点距離で撮影したもので、結果としてディテールを失いぼやけた像は、設計者の記憶の根底にあるもっともアイコニックなフォルムだけを残します。また、〈観念の形〉(2004–)は、微分幾何学が描き出す曲線を視覚的に表す数理模型を撮影したもので、図らずも科学の領域に立ち上がる芸術的なフォルムを捉えています。いずれのシリーズも、人間の知覚の構造を写真というメディウムを介して可視化させる実践です。

2つ目の代表作である〈劇場〉(1976–)は、米国の古い映画館の内部を映画一本分の露光で撮影したシリーズです。繚乱なイメージを映し出すはずのスクリーンが煌々と輝く無色の矩形へと還元されることで、時間と光そのものを一枚の画面上で捉えています。こうした時間や光の記録は、他のシリーズでも試みられています。〈影の色〉(2004)では角度によって変幻自在に立ち現れる影に着目し、〈偏光色〉(2009–10)や〈Opticks〉(2018–)では、プリズムを通して分光させた色を、消えゆくメディアであるポラロイドフィルムに記録しています。光の科学的な性質と現象を崇高な色のフィールドへと昇華させる作品は、光を絵の具として用いたある種の絵画とも言えるでしょう。

3つ目の代表作である〈海景〉(1980–)は世界各地の海原を撮影した作品群です。水平線を中心に海と空が描くおぼろげな境界は、太古の人々と等しく現代の私たちが見ているものなのか、静謐な画面が問いかけます。同様に、〈仏の海〉(1995)では蓮華王院三十三間堂の「千体仏」の万古不易の美しさを追い求め、十二世紀の建立時と変わらぬ東山から昇る朝日を使って撮影することで、後白河法皇が見たであろう風景を再現しています。長年、古美術との関わりの中で得た知識から、杉本の関心はこうして長い歴史の積み重ねや宗教の世界へと拡張しています。仏教の思想が色濃く反映された〈光学硝子海景五輪塔〉(2011)は宇宙の五大要素を示すものだが、その「水」を表した球体の部分に〈海景〉のフィルムを収めています。物質と精神、時間と空間を内包するこの光輝く造形の中に、杉本の果てを知らぬ探究心が結実していると言えます。

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国内外の主要な美術館にて展覧会が開催されており、その作品はグッゲンハイム美術館(ニューヨーク)、メトロポリタン美術館(ニューヨーク)、ニューヨーク近代美術館、テート・ギャラリー(ロンドン)、東京国立近代美術館、国立国際美術館(大阪)などに収蔵されています。2008年に建築設計事務所「新素材研究所」、2009年に公益財団法人小田原文化財団を設立。2017年には「小田原文化財団 江之浦測候所」をオープンした。演出と空間を手掛けた『At the Hawk’s Well(鷹の井戸)』を、2019年秋にパリ・オペラ座にて上演。主な著書に『苔のむすまで』、『現な像』、『アートの起源』、『空間感』、『趣味と芸術-謎の割烹味占郷』、『江之浦奇譚』、『杉本博司自伝 影老日記』など。1988年毎日芸術賞、2001年ハッセルブラッド国際写真賞、2009年高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)受賞。2010年秋の紫綬褒章受章。2013年フランス芸術文化勲章オフィシエ受勲。2017年文化功労者。2023年日本芸術院会員に選出。

BIOGRAPHY

1948東京都生まれ

1970立教大学 経済学部卒業

1974アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン卒業

現在ニューヨーク在住

 

主な個展

2026「杉本博司 絶滅写真」東京国⽴近代美術館
「Hiroshi Sugimoto: Form Is Emptiness」Singapore Art Museum
「Hiroshi Sugimoto: Replay the Melody」Musée Soulages、ロデーズ(フランス)

2025「『数寄者』の現代―即翁と杉本博司、その伝統と創造」荏原 畠⼭美術館(東京)
「Hiroshi Sugimoto」Winsing Art Place、台北

2024「Form Is Emptiness, Emptiness is Form」Lisson Gallery、ロサンゼルス
「Optical Allusion」Lisson Gallery、ニューヨーク
「Giacometti/Sugimoto: Staged」The Institute Giacometti、パリ

2023「Opera House, a selection for Bergamo」Academia Carrara、ベルガモ(イタリア)
「Hiroshi Sugimoto」Fraenkel Gallery、サンフランシスコ
「Hiroshi Sugimoto: Time Machine」ヘイワード・ギャラリー、ロンドン/ユーレンス現代美術センター、北京(2024)/シドニー現代美術館(2024)
「杉本博司 本歌取り 東下り」渋谷区立松濤美術館(東京)
「杉本博司 火遊び Playing with Fire」ギャラリー小柳(東京)

2022特別展 春日若宮式年造替奉祝「杉本博司- 春日神霊の御生 御蓋山そして江之浦」 春日大社国宝殿(奈良)
「杉本博司 本歌取り-日本文化の伝承と飛翔」姫路市立美術館(兵庫)
「OPERA HOUSE」ギャラリー小柳(東京)
「春日神霊の旅 -杉本博司 常陸から大和へ」神奈川県立金沢文庫

2021「OPTICKS」ギャラリー小柳(東京)

2020「飄々表具 -杉本博司の表具表現世界-」細見美術館(京都)
「杉本博司 瑠璃の浄土」東山キューブ、京都市京セラ美術館
「Past Presence」ギャラリー小柳(東京)

2018「クアトロ・ラガッツィ 桃山の夢とまぼろし—杉本博司と天正少年使節が見たヨーロッパ」長崎県美術館
「SUGIMOTO VERSAILLES Surface of Revolution」トリアノン、ヴェルサイユ宮殿(フランス)
「信長とクアトロ・ラガッツィ 桃山の夢と幻 + 杉本博司と天正少年使節が見たヨーロッパ」MOA美術館(静岡)
「杉本博司:Still Life」ベルギー王立美術館、ブリュッセル(ベルギー)

2017「杉本博司:天国の扉」ジャパン・ソサエティ、ニューヨーク
「LE NOTTI BIANCHE」サンドレット・レ・レバウデンゴ財団現代美術館、トリノ(イタリア)

2016「杉本博司 ロスト・ヒューマン」東京都写真美術館

2015「趣味と芸術—味占郷」千葉市美術館/細見美術館(京都、2016)
「今昔三部作」千葉市美術館/モスクワ・マルチメディア美術館(ロシア、2016)/Musée des Beaux-Arts, Le Locle、ヌーシャテル(スイス、2016)

2014「ON THE BEACH」ギャラリー小柳(東京)
「ロスト・ヒューマン・ジェネティック・アーカイブ」パレ・ド・トーキョー、パリ
「杉本博司:Past Tense」The J. Paul Getty Museum、ロサンゼルス

2013「杉本博司」サムスン美術館リウム、ソウル

2012「Five Elements」ギャラリー小柳(東京)
「杉本博司 ハダカから被服へ」原美術館(東京)

2011「杉本博司 アートの起源|建築」丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(香川)

2009「杉本博司—光の自然」IZU PHOTO MUSEUM(静岡)
「放電場」ギャラリー小柳(東京)

2008「歴史の歴史」金沢21世紀美術館(石川)/国立国際美術館(大阪、2009)

2007「漏光」ギャラリー小柳(東京)
「杉本博司」K20 ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館、デュッセルドルフ(ドイツ)/ノイエ・ナショナルギャラリー、ベルリン(ドイツ、2008)

2006「本歌取り」ギャラリー小柳(東京)
「観念の形 数理模型」アトリエ・ブランクーシ ポンピドゥー・センター、パリ

2005「歴史の歴史」ジャパン・ソサエティー・ギャラリー、ニューヨーク
「杉本博司:時間の終わり」森美術館(東京)/ハーシュホーン博物館と彫刻の庭、ワシントンD.C(アメリカ、2006)

2004「大ガラスが与えられたとせよ」カルティエ現代美術財団、パリ

2003「杉本博司」サーペンタイン・ギャラリーズ、ロンドン
「杉本博司:歴史の歴史」メゾンエルメス フォーラム(東京)
「ARCHITECTURE」ギャラリー小柳(東京)
「杉本博司:建築」シカゴ現代美術館(アメリカ)

2001「杉本博司:時の建築」ブレゲンツ美術館(オーストリア)
「Portraits」ギャラリー小柳(東京)

2000「杉本博司」ルフィーノ・タマヨ美術館、メキシコシティ(メキシコ)
「杉本博司:建築シリーズ」サンフランシスコ近代美術館(アメリカ)
「杉本博司:ポートレート」ドイツ・グッゲンハイム美術館、ベルリン(ドイツ)/ビルバオ・グッゲンハイム美術館(スペイン)

1999「陰翳礼讃」ギャラリー小柳(東京)

1998「モダニズム」ギャラリー小柳(東京)

1997「Twice as Infinity」ギャラリー小柳(東京)

1996「杉本博司:写真」ストックホルム近代美術館(スウェーデン)
「Motion Picture」ギャラリー小柳(東京)

1995「Still Life」ギャラリー小柳(東京)
「杉本博司」メトロポリタン美術館、ニューヨーク/ヒューストン・コンテンポラリー・アート・美術館(アメリカ、1996)/ハラ ミュージアム アーク(群馬、1996)/アクロン美術館(アメリカ、1997)
「杉本博司:Time Exposed」クンストハレ・バーゼル(スイス)

1994「杉本博司」ロサンゼルス現代美術館(アメリカ)

1992「杉本博司:Time Exposed」CAPCボルドー現代美術館(フランス)

1991「杉本博司:Time Exposed」佐賀町エキジビット・スペース、佐賀町BIS、IBM箱崎ビル前庭(東京)

1989「近作展6─杉本博司」国立国際美術館(大阪)

1988「杉本博司」佐賀町エキジビット・スペース(東京)/ツァイト・フォト・サロン(東京)
「杉本博司:ジオラマ、劇場、海景」ソナベンド・ギャラリー、ニューヨーク

1977「杉本博司」南画廊(東京)

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Text by Haruko Kohno